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睡眠時間の調整の仕方

かれこれ、19時間は寝ていない。昨日、昼寝してしまったせいでずれてしまった体内時計を正常に戻すため、睡眠時間を調整しているのだ。

毎日寝て起きるだけの生活ならば、別に昼寝ぐらいしても問題ないのだが、今現在の私は一応は働いているので、ちゃんと朝に起きて夜に寝る生活ができないと困る。仕事に差し支えがでるのだ。

 

睡眠時間の調整の仕方は、たった三つ。

  1. コーヒーをがぶ飲みする
  2. 何かに熱中する
  3. ひたすらに耐える

この三つさえ守れば、なんとか昼は越せる。二番目の「何かに熱中する」がくせ者だが、ゲームやら読書やら、何かしら夢中になれるものを持っている人なら大丈夫だろう。

ちなみに、私にとって熱中できるものはやはりそのゲームやら読書やら、である。家庭用ゲーム機でもPCゲームでも、歴史本でも小説でも、夢中になれれば御の字だ。

ただ、注意すべきなのは、ふと集中力が切れたときに眠気が襲ってくることだ。布団の誘惑に負けて眠ってしまったが最後、次に目覚めた時には太陽は地平線に沈みかけていることだろう。

そのためにも、とにかく自分の好きなことをやる。これにつきる。

 

そんなこんなで、がんばって睡魔と戦っている。

日記こそ史上最高の暇つぶしだ

お題「お金のかからない趣味」

日記を書くことを趣味にするのはいいことだ。

ノートとえんぴつ。それさえあればいい。どちらも100円ショップでそろうから、200円ですむ。しかも、しばらく使える。

日記にはなんだって書いていい。良いことも、嫌なことも、善きことも、悪しきことも。自分の内側をさらけだして、どんどん書く。今のことだけでなく、過去のことも未来のことも書いていい。自分の頭の中のこと、頭の外のこと。自分を構成している全てをどんどん書く。

書きたいことがないときは書かなくていい。誰も見ていないのだから、誰かに気兼ねする必要なんてない(ブログとはここが違う)。

暇をつぶしたいときは、とにかくてきとーに書く。ひたすらに書く。外が静かだ、とか、月がチーズみたいだ、とか、妹が起きてきたようだ、とか、猫に餌をあげている音がする、とか。そんなのでいいのだ。だって、誰も見ていないんだから。

書いた日記は、時々読み返すと楽しい。去年の同じ日に、自分が何をやっていたのかを読んでいると、過去の自分が今の自分と同じ空間にいるようで目眩がする。その目眩がまた楽しいのだ。

日記は、時々証拠にもなる。誰かとの約束を思い出したり、自分が行動したことを明白にしたり。時に、それはあまりよくない感情も引き起こすこともある。それすらも日記に書いてしまえばいい。日記はなんだって受け止める。書かれるからには、受け止めるより仕方ないからだ。

それだけでなく、たまに遠い過去の中にしか存在しない誰かに会わせてくれたりする。その人の言葉を、してくれたことを思い出させてくれたりする。暇つぶしに書いたことがかけがえのない一文になったりする。

だから、日記を書くことを趣味にするのはいいことだ。

何かを書きたいけれど何も書けないあなたへ

書くことなんてやめてしまえ。

自己顕示欲が満たされないから、書きたいだけなんだよ。そんなもん、誰も読みたがらないから、書くことなんてやめた方がいいよ。

文字を書くことでお金を稼ぎたいのなら、適当にそこら辺の物を拾い上げて、適当な紹介を書いてアフィリエイトのリンクを貼ればいい。絶対に稼げない。でも、人の意見を求めても、そんな程度のことしか返ってこないよ。自分の手足で感覚を掴まなきゃ。

 

何かを書きたいけれども何も書けない人にもう一度言っておきたいのだけれど、本当に一度ブログで書くことから離れた方がいい。

自己顕示欲を満たしたくて、無理して書こうとしたって、書けるもんも書けないよ。こんな風に単純な文章の羅列が続くだけ。

想いのこもっていない文章なんて、誰の心も打ちはしない。

 

もしも、それでもどうしても何かを書きたいのなら、やっぱりブログから離れることをおすすめする。

でも、それは書くことから離れることじゃない。

紙に書くんだ。練習でね。今思っていること、書いてみたいことを「とりあえず」で書いてみる。

本当に何かを書きたいのなら、少しでもそのとっかかりが頭の中にあるはずなんだ。それを見つければいい。そのために、紙に書いて頭の中を整理するのが必要だ。

なんでもいいから書いてみるといい。恥ずかしいことでも、なんでも。そうすることで、自己顕示欲を満たすための記事くらい書けるようになるだろう。それで本当に自己顕示欲が満たされるのかはさておいて。