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26歳、元ひきこもり、精神病患者

今週のお題「自己紹介」

今週のお題は自己紹介だということで、ちょっと自分のことを書いてみる。


私は26歳で、一年ぐらい前までひきこもり兼ニートをしていた。今でも若干ひきこもりの気はあるけれど、一応フリーターとして働いている。

小学四年から不登校生で、通信制高校を卒業してシステムエンジニアの専門学校に入ったものの、一年で中退。
不登校生になってから精神病院に通っていて、専門学校を中退した頃に統合失調症と診断された。

一時期は自傷ばかり繰り返していた。やめてからもう七年は経つけれど、あの頃の傷は未だ消えず。


両親が離婚していて、ついこの間、父親が母親を訴えた。
子供の養育費を払いすぎたから、返してくれということで。

結局、養育費は返さなくてもよくなったものの、妹の養育費は今までよりも減額されることとなった。
養育費を払ってもらえていない期間があったので、その分を払って貰えないかと訴えたけれど、その点は認められなかった。過去の分を請求するには、調停ではなくて本格的な裁判になり、証拠も自分で集めないといけないらしい。


小説を書くことが好きで、ネットに公開した小説のPV数が一日5000を超えたこともあった。今はあまり稼げてないけれども。一日で多くて200PVぐらい。
夢はひきこもり・ニートがよく夢見ることでおなじみの小説家。

好きな作家は江國香織

ブログって気持ち悪い

ブログを書くようになって、もう十年は経つ。気持ち悪いと思う。

それはブログをやっていることに対してではなくて、ブログの記事を残す感覚が気持ち悪いのだ。本当に、どうしようもなく、気持ち悪い。

何が気持ち悪いかっていうと、人格が固定されていく感じ。

ネットって、人格が見えない、つまり匿名性が高いことが美点なのに、ブログに記事を残していくと、だんだんと人格がブログを通してさらけ出されてく。一つ一つの記事なら、大したことはない。けれど、それが一つのブログにまとまって掲載されているとなると、その記事たちは明瞭にそのブログの持ち主の人格を語る。

それが気持ち悪い。どうしようもなく気持ち悪い。

人に自分をさらけ出すというのは、あまりよい感覚ではない。拒絶されたり、笑われたりすることがあるから。だから、ブログなんて書かない方が良いのだけれども、それでも書いてしまう。何故か。

それは自分の全てをさらけ出すのは恐いけれど、一部分だけは誰かに知っておいてほしいからだ。怒ったこと、嬉しかったこと、悲しんだこと。ふと日常に湧いてきた感情を誰かに知って欲しかったからだ。どこかの誰かが、一時だけでも感情を揺さぶられたということを。

それでも、ブログを残すことはやはり気持ち悪いと思う。

本当に好きなことってなんだろう

自分が何を好きなのか、わからなくなってきた。

ゲームをするのもつまらない、読書もすぐに集中力が切れて読むのをやめてしまう、絵を描くのもつらい、小説もうまく書き進められない。

今までいろんなことに手を出してきたけれど、本当に情熱を捧げることができたものがあったのか、わからなくなってきた。

少し前までは、小説がそうだと思っていた。何時間も集中することができて、それでいて疲れないのは小説だけだったから。けれど今はわからない。自分の小説が面白いのかどうかすら、判断できない。

 

本当に好きなことって、どういうもの指すのだろう。

何時間も集中できること? 何も報酬がなくても続けられること? それ自体がとても楽しいと思えること?

そう思えるものを見つけたいのに、気づけば私は「メリットのあるもの」を探している。人からの評価や給料を貰えるかどうか、それを続けることによって生活が安定するかどうか。そんなものばかりを探している。

今の自分の状況がとうてい安定しているとは言えないからだろう。どうしようもなく、不安定な状況。指で軽く押せば、たちまち崩れてしまうような生活。

そんな中で、好きなことを探そうとしたって、無理なのかもしれない。

 

ある人は「好きなことを仕事をするべき」なんて言うけれども、本気で何かを愛することはとても難しい。喉から手が出るほど何かを求めるのはよほどの情熱と体力がないと無理なのだ。

今まで文章を書くことが好きだと思ってきた。思い込んできた。けれど、こうして600文字程度の短文を書くことすら、うまくいかないでいる。それなのに、好きだなんて言えるのだろうか。そもそも、何を基準に何かを好きだと言えるのか。

わからない。何もかもがわからない。