分割されていく自我

今、ここで使っている「あしまのん」名義の他に使っている名前があります。普段はそちらばかりで発言しているのですが、ふとした時に「あしまのん」という名前があることを思い出すと少しばかりパニックになったりします。

自分が分割されているような気分になるんです。「あしまのん」の自分と他の名前の自分とで。どちらか一方だけに集中しているときはいいのですが、どちらにも集中しようとすると自分の頭と心がバラバラになるような嫌な感じがします。

いっそのこと名義をまとめてしまおうかとも思ったのですが、あっちはあっちで私がひきこもりだということを知られたくない人がいて、こっちもこっちで私の趣味を全部曝け出すには恥ずかしくて、結局どっちつかづでいます。

役者さんは仕事が入るたびに、別の自分を作り出して演じていますが、私には無理だろうなとぼんやり思いました。まる。